雲水御用達!用語集

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禅僧のよくなる第一の用心は只管打坐なり

と老師によくよく言って聞かされた。
何も考えないでタダヒタスラ坐禅をすることを只管打坐と言う。

坐禅を始めると禅語録を読んだり、公案や呼吸法、ほっておけばさまざまな思考を巡らせてしまう。道元禅師は坐禅の時は諸縁を放捨し、萬事を休息し、善悪を思わず、是非を関することなかれ、と伝えている。

「ひたすら」という言葉を辞書でひくとこの「只管」という言葉が出てくる。
これは弛緩という意味にも通じる。
でも本当のところはどうなんだろう。

永平寺にいる時によく読んでいた本がある。
人間の受精卵からの発生の過程を詳しく考察している三木茂夫さんの本だ。
夢中で読んでは坐禅をしていた時に「ストレスがたまると内蔵にくる。元々人間は内蔵だ。道元さんはひょっとしてただただ、クダにかえってみる、という自分自身の感覚を込めてこの感じをあてたのではなかろうか」と浮かんできた。

只管打坐。

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禅寺には食事のときに自分の器の中から米粒を少しだけとりだして、端の方においておくという習慣がある。

これはもともと行脚中に外で食事をする際頂いたものを自分だけで独占しないで小鳥など力の弱いものにも施していたことからきている。

永平寺では今も毎日中食の際この生飯を実践している。
食についてとても考えさせられる伝統である。

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お寺のお堂の集まりのことを伽藍という。
永平寺では山門、仏殿、法堂、僧堂、庫院、東司、浴司の七つの代表的な修行の場があり七堂伽藍とよんでいる。
作務衣に絡子をつけたスタイルのことをサムラクという。
作務タオルの略。作務をするときに頭にまくタオルのこと。または作務衣で頭にタオルを巻いた状態をさす。

類義語に作務衣に絡子をつけたサムラクもある。
こういう杖のこと
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永平寺での修行を終えて娑婆に還っていくことを送行という。
永平寺内にはたくさんの寮舍があるが永平寺の外にも実はなにげに寮舍があったりする。

名古屋別院(愛知)
吉峰寺(福井)
紹隆寺(鹿児島)

の三つがそれである。
外寮舍はお檀家さんがあったり独自のスケジュールで動いていたりするので年配の雲水や怪我をしている雲水がいくこともある。

問題を起こして外寮舍に転役する場合「外寮舍にとばされる」などと言うこともある。
しかし独自の雰囲気が魅力的で自分は安居中紹隆寺にいってみたかったものだ。
俗にいう「おかわり」のこと。

僧堂で食事をする時、一番左と真ん中の応量器に入るもの(通常はご飯と汁もの等)を一度だけ再進する作法がある。
匙や箸をおいて合図をだしておくと浄人が再び給仕に入ってきて、おかわりをいれてくれる。

この時ケンケンをすることもできるが、一年目の者はケンケンをすることが許されていない。

口がブラックホールの様になるスッパ梅干しも再進することになる・・・

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各寮には必ず殿行、真行を卒業した寮長と、一年目(もしくは二年目)の接頭がいる。
要するに娑婆で言う平社員にあたるのがこの接頭である(寮長のことは接司(セッス)さんともいう)。

頭をジュウと読む特殊な読み方に最初は戸惑う。

接頭は寮舍によってそれぞれ特殊な呼び方があり、例えば直歳寮の接頭は水頭(スイジュウ)、典座寮の接頭は菜頭等と呼ぶ。

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