マイナス10度になりました。
確かに永平寺は寒いけれどもマイナス10度にはならないです。
やはり別格の寒さ。
昨日は誕生日にみんながサプライズで集まってくれたので寒くなかった。
いや、直前までカチカチだったんだけどね。
玄関に友人が来ているのにその瞬間まで必死でパソコンに向かっていました。
かなり膨大な量の作業をしている途中で、もう身体はひんまがり、執着で淀んだ瞳で作業をしていましたが、一気に身体が溶けたよ。
使命感にかられてパソコンに向かって、いろんなものをつくりだすけれども、奕保禅師がいってた「私利私欲のために右往左往」っていう言葉がぴったりくるな。結局平和を広げていくのは、その瞬間の息と心なんだという当たり前の雲水の心を、突然やって来てくれたみんなが教えてくれました。
世界で一番幸せ。みんな、いつも本当にありがとう。
やっぱり今、自分が、日本でやってこなくちゃいけないことがあるみたい。
小林武志さんのインタビュー
で柄谷行人さんが
「どこかで革命をおこすことではなく、戦争をおこさないように止め続けること自体がそのままレボリューションなんだ」といっているのを読んだ。
これは禅だなぁ
「悟りとは、求めて至ることではなく修行を続けることそのものである」
っていうもんな。
坐禅はそういう意味ではレボリューションだ。
今朝はわざわざベルリンまで遊びに来てくれた高校時代からの親友が朝の坐禅に加わってくれた。
凄く嬉しかったし、雲水が伝えていくことはとにかく坐禅を広めていくことかな、と。それ以外は、まぁ、とても重要なんだけれども、考えないようにしよう、と話をしたんだ
結局そこだな、と。
朝早起きして坐禅をして、陽が沈んだら静かに坐って眠る「悪人」となら
友達になれそうでしょ?
もうずいぶん前のことですが、演出家の奈良橋陽子さんと車の中で二人の禅僧の話をしていました。
禅僧は激しい感情の起伏がなくなる、というよく思われがちだけれども、そういうわけではないんだよなぁ、と。俳優は感情の起伏が激しいと思われがちだけど、物静かな人がおおいよなぁ、と。そんなことを話しました。
二人の僧が旅をしていました。
若く美しい女性が川の前で立ち往生していました。
僧の一人は女性を抱いて川を渡りました。
二人は、また歩き始めました。
しばらくして
一人の僧がいいました
「修行中の身で女性を抱くなんて
お前は禅の修行をなんだと思っているんだ!」
それを聞いて、
もう一人の僧は言いました
「なんだ、君はまだあの女性を抱いていたのか
僕はとっくに離したよ」
あけましておめでとうございます。
今日も雲水喫茶に来て下さりありがとうございます。
随分前に日本では新年を迎えていますね。大晦日は夜更かしをした人も多かったのではないでしょうか?
日本では毎年除夜の鐘を聞きながらお茶を点て、年越しソバで静かに新年を迎えていましたが、ここベルリンは昼間のようなドンチャン騒ぎです。
夕方に日本で正月を迎えた家族とSkypeをしてから、世界中の人達の喜びのバトンを経て、ようやく新年がやってきたのだなと感慨深い想いとともに
こうやって花火のように咲き、散っていくことが何故美しいのか、考えました。
いま、ここにしかない、この瞬間を誰かと共有したい。
これに尽きるのではないでしょうか。
一緒にいるだけではなく、想いを共有できるからこそ、はかなく、しがみつきたくなるほど愛おしい。
海外で年を越すのは物心ついてからは初めてですが、こんなにも日本が恋しくなるとは思いませんでした。
「誰もが他人の不幸せではなく互いの幸せによって生きていたいと思っています。
憎んだり批難したりしたくないし、できれば力になりたい。
隣の人が泣いていたら悲しいし、できれば一緒になって喜びたい。
そしてこの星はみんながそうやって生きるだけの豊かさに恵まれています」
大晦日に偶然チャップリンに出会いました。
映画「独裁者」のラストシーンのACTINGが心に深く響きました。
なんだ、簡単なことじゃないか!みんなでやってみようよ!
そんな声が聞こえてきました。
龍がささやいた言葉かも知れません。
そりゃ龍なら簡単かもしれないけど、長い間、偉大な先輩達でも達成しきれなかったじゃないか!
無理に決まってる・・・
生活があるから・・・
社会のシステムが・・・
色んな声が浮かんできます。
でも、安心して一歩を踏み出しましょう。
遥かに遠い空の下でも世界中の人々が想いを共有できる2012年。
根拠は何もないけど大丈夫。
今まで誰もできなかったんです、失敗を恐れることは何もありません。
最後に、僕の大好きな禅語を紹介して新年最初のマスターとしたいと思います。
「百尺竿頭進一歩」
苦労して登った長い竹竿のテッペンから、手を離してさらに歩みをすすめること。
極めて無謀な悟りの一歩です。迷ったときはいつもこの言葉に勇気をもらっています。
「どうしたらいいのか、だれもわからない」
そんな今だからこそ、小さな一歩で世界はよい方向へ向かうはず。
雲水喫茶のご縁が少しでもみんなの一歩につながったらいいな
心からそう願って、Parolibreを聞きながら・・・
と締めくくろうとしたら、下の通りを救急車が通り過ぎ、
その間に次の曲が流れてきました。Sigur RósのAll Alright。
時はいつでも流れていきます。みなさんどうかお身体に気をつけて・・・
今年もよい一年になりますように!
星覚九拝
ーーー以下、リンクですーーー
1940年に上映された「独裁者」の中で、ヒットラーのダブルの床屋が兵士たちの前で演説するシーン。 チャーリー・チップリン自身によって書かれたスピーチで、史上でもっとも感動的なスピーチとも言われ、各国の言葉に訳され、世界中に広められています。
先月ベルリンに戻ってからこれまで以上に毎日坐禅、朝課をしています。
道場にも少しずつだけど人が来てくれていて、応量器を使って朝食をとることも多いです。
今日はとってもうれしいニュースがあるのでおよそ一ヶ月ぶりの更新をしてしまいます!
おめでとう!さすらいの雲水フットボーラーがリーグ優勝!!!
海外を渡り歩きながらプロサッカー選手として精進し続けているさすらいの雲水フットボーラー。現在欧州の「ある国」のトップリーグでプレイしている彼の所属チームが、カップ戦に続いて国内の一部リーグでも優勝、日本人では初めての快挙です!!これでチームは2冠達成、来シーズンのUEFAチャンピオンズリーグの出場権を獲得したとのこと。
「さすらいの雲水フットボーラー」は日々の坐禅にも取り組んでくれているそうです。VTRを見させて頂きましたが、常に冷静で肝が坐っていながらアグレッシブなプレイは侍を彷彿とさせ、とても心強い!近い将来、日本代表としてワールドカップの舞台でもそのプレイを魅せてくれるよう応援を続けましょう!
といっても「さすらいの・・・」では仕方がありませんね。
気づいている方は気づいていらっしゃるかもしれませんが、そろそろ実名を公表してみんなで応援したいと思っています!
とにもかくにもおめでとうございます!そしてこれからが楽しみ!!!
海外で一生懸命挑戦を続ける仲間の嬉しいニュースに興奮さめやらぬベルリンの昼下がりでした。
並びにお知らせが二つあります。
みんなのおかげでようやく動き始めたベルリンの道場のウェブサイトができました。
写真等で様子がわかると思うので是非みてみて下さい。
また、先月末に息子が産まれました。子連れ雲水となりますが、今まで以上に禅の智慧を現代に活かす方法を必死で追求していきたいと思います。雲水喫茶も流れる小川のごとくタンタンと続けていきたいと思っています。いつも読んで下さり本当にありがとうございます。
それではまた・・・素敵な秋の日々を・・・!
星覚九拝
一ヶ月の行脚を終えて再びベルリン!
ほんとーに疲れたけれどいろんな人に出会えて話ができてほんとに感謝!
還ってきてからずっと道場準備に必死。
いよいよ明日から本格的に始めようと思ってるよ。
後は道場の窓にブラインドをとりつければなんとか坐禅堂っぽくなりそう。
昨日は近所のMeta Mateっていうマテ茶が楽しめるカフェで抹茶のやり方でマテ茶を点ててきたんだ。ドイツは勿論フィンランド、ポルトガル、ブラジル、インド、いろんな国の人が入り交じった楽しいお茶会になったよ。
どんなに遅く疲れても、必ず朝決まった時間に起きて坐禅するようにしてるのは日本にいた時と変わらず。
実はその前にひとつやってることがあって。
あんまり意識してなかったけど最近それがなんかとっても重要な気がして紹介します。
それは朝イチの冷たいお水を器にいれて、部屋の一番いいところに供えること。
夜は陽が傾き始めたらお水はお庭に撒くか、植木鉢へ還します。
旅をして還ってきたからかな。なんだかこの毎朝のお水がすごく大切に思えたんだ。
それではまた!
【写真:戻ってきた日に迎えてくれた空】
来年夏に公開される映画の撮影が無事終わって、いよいよ托鉢行脚!
9月4日からスタート、北の方から東京を経由して25日頃までには九州まで行けるといいな。
毎朝日本のどこかで坐禅をして、お経を挙げて、祈ってます。特に田舎の風景は大好きだから楽しみでしょうがないよ。以下のURLで現況をつぶやくから、もし近くにいたら連絡ちょうだい。
一緒に坐って、祈ろう!
月末再びベルリンに戻るまでしばらくブログはお休みすることにしたけど、実際にみんなと会えるといいな!
それではまた、いってきます!!!
星。
ここBerlinはなにしろ子供たちがのびのび育つ街。
特に今住んでいるPrenzlauerberg(プレンツラウアーバーグ)は本当にちいさな子供のいる家族の割合が驚異的に高くて、
「プレンツラウアーを歩いていると乳母車にひかれる!」
とか
「プレンツラウアーでは角を曲がると妊娠する!」
なんていわれてるほどなんだ。だからモンテッソーリやフリースクールといった非伝統的な教育がうけられる「学校」もたくさんあるんだ。ガチ伝統的な教育を永平寺でうけた身としてはその長所、短所にとても興味がある。
永平寺のやり方は愛をうけて育ってある程度モノゴトの道理をわきまえた大人が入門することが最近では前提になっているから実際の子供へ接する時は同じやり方じゃあ通用しないと思う。
でもなんでも子供にまかせたり自由に個人の意志を尊重してっていうのもちょっと違う気がしない?「読み書きソロバン」みたいな昔の日本の寺子屋のような教育のよさも絶対あると思うんだ。
もうすぐ子供も産まれるし、ベルリンに住んでる友人で本当に素敵なモンテッソーリの先生がいるから、色んな年齢に対する接し方をいろいろと研究してみたい。
ちなみにLivの娘のMiaもフリースクールに通ってるんだけど、自転車をとっても上手にのりこなす。弟のRyuちゃんもちっちゃいのにすごく自転車にのるのが上手い。普段はちょっと頼りないところがあるから自転車にのるところを想像できなかったのでお父さんのStephanに聞いてみたんだ。
「補助輪はいつ卒業したの?」って
そしたら補助輪は使ってないんだって!
Stephanが子どもの頃はドイツでも補助輪が主流だったんだけど今の子供用の自転車は補助輪がついてなくって足でけってバランスをとることをまず最初に覚えるみたい。で、それができるようになったら、初めて漕ぐことを覚えさせる。
これってなんかすごいいいなって思ったんだ。
最初に安定があり、漕ぐことを教えて、それから不安定になれさせる。
最初に不安定があり、安定を教えて、漕ぐことになれさせる。
なんか同じようだけどそのプロセスが全然違うと思う。
なんだか現代都市生活の教育は前者の様な気がしない?
不安定になれればいいけれども、安定を覚えて、漕ぐことを覚えると、よっぽどいい親がいないかぎりは不安定には踏み切りづらいよね?
そんなことを考えたんだ。
昨日は本当につかれてて、今朝は久しぶりにネチラシてしちゃった。
日本の準備がなかなかすすまないのに道場のリノベーション作業はどんどん入るから結構頭の中がギュウギュウいってる。
これからスヴェンが食器洗い器を直しにくるんだけど、直してその場で写真をとって売りたいんだって。当然僕達が使うと思ってたみたいなんだけど手洗いが好きだからいいよっていったんだ。
水にも陶器にも心の響きが伝わるからね。
イッテキイッテキ、ヒトサラヒトサラ、大切にしよう。
なんていってたらスヴェンが来て、電気屋のおじさんが直しにきたんだけど治らない(お金がかかる)ってわかったから誰かに譲ることにしたんだ。
インターネットに掲示したらものの30分でトルコ人のおじさんがとりにきた。慣れた手つきであっという間に持ってっちゃった。彼らは何でも直して使っちゃうんだ。みんながこうやって新しいものをぽんぽん買わんようにするってのもいいもんだね。


